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「あなたは、あの厳しい状況にいた素直ないい子ですか?」

ウェンディ―・ハバード

 

 

生まれた時から持ち続けている恥ずかしいという感覚、何かが自分に足りないという感覚は、幼い頃に受けたトラウマからくる苦しい状態と共に起こっていることが多いです。子供は、悪い状況の中では自分はいい子であるとは感じられません。自分を取り巻く環境(家族)で起こった失敗は自分の失敗だという風に感じます。 後に「何か自分におかしいところがある」とか、「自分には価値がない、自分が悪い」と考えるようになるのは、「自分が悪いようだ」というその頃に感じた体感覚の上に成り立っています。あなたの持つ恥の感覚は、実際のあなたを映し出しているのではなく、むしろ、周囲の起こした失敗を映し出しているにすぎません。このことを理解するだけで、ずっと持ち続けていた自尊心の低さや恥、無価値観を呼び起こすパターンを、新しく思いやりをもったやり方で自分を見ていく方向へシフトするきっかけとなります。

「Healing Developmental Trauma with Laurence Heller, PHD」より引用

 

何かいいことがあると有頂天になったり、悪いことやがっかりするようなことがあると極端に落ち込んだり萎縮してしまったり、といった経験はありませんか?外側で起こることによって自分がぶれているように感じませんか?物事がうまく運んでいる時、目標を達成している時でも、まだ十分ではないという、払拭できない感覚はありませんか?どんなに自分の人生が満たされていても、どんなに自分が幸せだと思われる状態にあっても、虚しさの感覚がありませんか?自信が持てるようになり、いろんなことを達成しても、失敗がすぐそこで待ち伏せしているかもしれないと怖がっている自分に気づいたことはありませんか?または、どんなに成功していても、皆をだましているだけだ、自身ありげに勝ち組の茶番を演じているだけだ、自分は偽物だと感じていませんか?

 

このような問いに思い当たることがあれば、これからお伝えすることが、あなたの役に立つかもしれません。

 

私達は、普段呼吸を意識していません。呼吸は無意識な体の活動だからです。でもゆっくり、意識しながら呼吸をすると、呼吸に関していろんなことが見えてきます。ひとつひとつの呼吸が違って感じられます。ある時は浅く、ある時は深いかもしれません。呼吸ごとに様々な体感覚が起こります。呼吸は、普段は生活の表に出てくることはありません。内側からの言葉として自分に語りかけてくる思考は、この「無意識の性質」を持っており、特に意識しなければ表にでてこない思考です。それは空気のようになり、私達はその声を聴くことはないし、それが生活に及ぼすパワーを気にすることもありません。大抵、私達は忙しすぎて、この表に出てこないノイズが聴こえてこないのです。 背後にあるこの思考の声を聞く方法を知ると、わかるのは、私達一人一人の中に内なる専制君主がいる、ということです。あまりに幼い頃からいるので、この専制君主とはまだ話したことさえないかもしれません。 この専制君主こそが、私達を完璧であることへと駆り立て、子供の時に逆らえなかったという痛みから遠ざけようとしています。時として、その声は私達自身のものではなく、批判の声やいやな声であったり、家族や親といった周囲の状況であったりすることが多いです。これが、「取り入れ」と呼ばれるものです。取り入れとは、「他者の考えや態度を無意識に取り入れること」をいいます。私達は皆、家族から厳しい非難を取り入れます。そうやって、再び耐えなければならないことから自分を守ろうとするのです。  「もし自分が自分に言えば、もう二度とそれを(それが何であれ)しているところを見つかることもなく、あの罰にもう一度耐える必要もなくなるだろう。」

 

こういう強い要求や普段表に出てこない考えを掘り起こしていくプロセスによって、その要求や考えが、わけがわからず、非現実的で自滅的だとわかったとしても、それらを消すことはできません。私達はどこかで、「いつも」人に親切で喜んでもらうことはできないとわかっていますが、その理性的な部分が専制君主の声を説得して黙らせることはできません。完璧を要求する声には、無意識ながら私達の考えや行動に影響を与える思い込みも伴います。しかし、内面に行くこのプロセスを進めるにつれて、私達はこの内側で起きている戦いをコントロールするようになり、内側にある「真に良い」ものへ繋がっていくことができるようになります。そこは外側の力や内側の批評に翻弄されることはありません。

 

この埋もれた部分に気づけば気づくほど、自分のことがもっとわかるようになります。隠されていた部分が明らかになると、今までのようには専制君主の影響力は及ばなくなります。

 

内側の批評

内側から聞こえてくる批評の言葉は取り込まれたもの(文字通り他者によって私たちの中に入ったもの)なので、その内容は縁もゆかりもなく、実際には私達に関係ありません。幼い頃からきいてきたこのメッセージは、本当の自分についての今の健全な思いと矛盾します。批評の言葉は偽物であることは知的レベルでは簡単に理解し、より健全で正確な評価に置き換えることができますが、子供の頃からの思い込みによってそこから抜け出せません。分別があって、大人の論理を持っている自分は、かなり成長してからやっと、この発達のプロセスに参加します。成長する前のインナーチャイルドの部分は、親から言われたことを、それがどんなに侮辱的で生きる力をおびやかすようなものであっても固く信じています。例えば:

• 本当の自分を誰にも見せるな。

• 異性がおまえに魅力を感じると思うな。

• 考えていることを他人に悟られないようにしろ。

• 人をあまり近づけるな。

• 人にあまりよそよそしくするな。

• 何に対しても熱中するな。

• 黙っているな。

• 自分が偉いと思うな。

• 自分を卑下するな。

• 思い上がるな、自慢するな。

• 綺麗なだけではだめだ。

• 賢いだけではだめだ。

• 自己主張するな。

• お前には何か欠けている、無能で、弱く、落第生で、終わっている。が、そのままではいけない。

この「~ではだめだ」が心に沁みついてしまうと、柔軟性に欠け、自己破滅的なマインドになります。この批判的な声は、自分の家族からのものなので、根深くて狡猾です。私達の本能は家族を信じるようにできているので、幼い時に耳にする権威からの命令の声に反論したり盾突いたりするのはとても恐ろしいことです。私達の判断力がまだ出来上がっていないので、このようなメッセージがまかり通るのです。

「Shadow Dance—Liberating the Power and Creativity of the Dark Side, by David Richo」から引用

 

観察力

普段は表に出てこない思考の元へと降りていく練習方法がいくつかあります。内側から聞こえてくる声は私達の内側の活動をコントロールしています。

自分自身を観察してみましょう。日中にどれほど多くの否定的なジャッジメントをしているかがわかって驚くことになるでしょう。

何か不愉快なことが起こった時、自分がどのように反応するかを詳しくみていきましょう。もし誰かとの関係性で別れを経験したり、仕事をクビになったり、友人と嫌な感じで仲たがいしたら、それをどう考えますか?「わかっていた。いつもこんな風になる。うんざりだ!」と苦々しい思いをして恨みを感じるとしたら、何かの信念がそこで働いていることは確かです。「いつもこうだ。がっかりすることに疲れてしまった。」と自己憐憫を感じたとしても、同じことがいえます。自分自身の中にあるこのような事柄を詳しくみていってください。ネガティブな感情の根っこまで到達してみて、持っているその信念をできるだけ明確に定義してみてください。

あなたの行動パターンを見てみましょう。例えば、もし、あなたが、人間関係は絶対うまくいかないと信じていれば、そこにベストを尽くそうとはしないでしょう。完全に避けてしまうか、関係性が深くならないように守りを固くして、その機会をなくそうとするかもしれません。他の極端な方法として、あなたは恋愛関係になったとしても、わざと気難しくなって喧嘩を仕掛け、結果、相手があなたのもとを去るように仕向けます。このような行動から、親しい関係性やあなた自身についてどんな信念を持っていることがわかるでしょうか?あなたは受け身でしょうか、それとも無関心でいますか?いらいらして、せかされているように思いますか?日々の行動を精査して自分がどんな考えや信念を持っているのかを見ていきましょう。

 

あなたが抱いている幻想を分析しましょう。大抵、人はひとつならず幻想を大事に抱いて、それを繰り返し楽しみ、自分を落ち着かせ、慰めようとします。どんな幻想がありますか?艱難辛苦の末に永遠の愛を獲得するシーンを心の中で演じていますか?英雄的行為で人々の尊敬を決定的に得るような幻想を抱いていますか?あなたを傷つけ裏切った人へ仕返しをするシーンを繰り返し演じていますか?世の中の動きについて、あなたに強く内在している信念と思い込みに基づいて、このようなたわいないストーリーは作られています。抱いている幻想を探求して、幻想を生み出している、その内在している信念を言葉で表してみましょう。

家族のエピソードについて見ていきましょう。たいてい家族には知り合った人に話すお気に入りの思い出話があります。「そう、ルースはぶさいくな赤ちゃんだったけど、私達はルースが生まれてきてくれて本当に嬉しかった。」  「うちのジミーは本当に腕白だったわ。夫や私達を怒らせたものよ」「アンディとリズは仲が悪かった。まるで水と油だった。」ある程度は、こういうエピソードは家族の絆を強めるような愛情のこもったものかもしれません。でも、こういうストーリーは、子供の頃にはわからなかった、家族やあなた個人の人生にあるネガティブな流れを強く示すものであるかもしれません。家族のお気に入りのエピソードやよく使う言葉は何ですか?自分に関する信念に関係していますか?

 

深い恥を感じる時のことを詳しくみていきましょう。欠点や短所について見ていくと、時に自責の念が出てきます。そんなつもりではなかったことや相応しくなかったことをすると、ほんのつかの間苛立ちを覚えるのはごく当たり前のことです。しかし、自分が言ったことあるいはやったことに関わる、深い所、身がすくむような所へ辿っていくと、必ずといっていいほど、とても幼いころに形作られた信念へと向かっています。この質の悪い感情は信念として内側で凍り付き、後に大人になった私達に影響を与え続けます。

このような事例や概念をよく理解できたら、内側にある自分自身の声に耳を傾ける時間をとりましょう。今までに聞いたことのない言葉を聞き逃さないでいられるかどうかやってみましょう。その言葉は今まで表にでていなかったあなた、あなたでいることはどんな感じか、というところに紛れ込んでしまっていました。自分にどんなネガティブで、批判的で手厳しいことを言っているでしょうか?そしてどんなポジティブで応援するようなことを言っているでしょうか?時間をかけて取り組んで、具体的な言葉を見つけましょう。

その言葉についてくるイメージや映像はどんなものですか?頭の中でどんな幻想をよく演じていますか?

外側でどれだけ成果を上げたり認められたりしても、内側の批判的な声には届きません。私達がこの声をじっくりと聴き本当の意味で理解し始めると、ずっと見失っていた自分の一部を取り戻します。その部分が戻ってくるのを歓迎してその声をはっきりと聴いてあげるのは、長い間離れ離れになっていた旧友に再会するようなものです。

 

アイデンティフィケーション、オーナーシップのシフト

自分に語りかけてくる声をはっきりと意識して聴いていくと、一瞬一瞬の選択を行うことができるようになります。この声は本当に私のものだろうか。それとも父親、母親、または両親からの声だろうか?その声のトーンやその警告を、上の写真の赤い塊の様に、そのエネルギーを想像できるようになります。体に流れるこの実際のエネルギーを特定して感じると、私達はそれを集めて、文字通りあるべき所へ戻すことができます。 私のクライアントさんが実際にこれをやってみました。彼女のご両親とも(今は他界)が、生きていたときには決して言わなかったことを彼女に言いました。「ごめんなさい」と(彼女は心の目でその光景を見ました)。まさに癒しの瞬間でした。

また私達は、自分の中の賢い大人の部分も見出して、自分に語りかけてくる声の正当性に異議を唱えることもできます。子供の部分の自分を愛した人の優しい声を真似て張り合うこともできます。文字通り、自分にこう語りかけてもいいのです。「ねえ、あんたが怠け者で、デブで、馬鹿で、なんてことは絶対ないよ。」

私は時々自分によく言い聞かせるために、声に出して言っています・・・誰も近くにいないことを確認してからですが。

奇跡はゆっくりと始まります。内側から聞こえてくる声が優しく静かになります。自分自身と仲良くなります。意識的に自分のアイデンティフィケーション(自分が自分であることの認識)をシフトします。絶えず無意識に語りかけてくるこの声を信じる自分から、間違った方向へ導かれてきた自分を優しさと理解で受け入れる自分へとシフトします。そうして、本当の変化が始まります。

 

このアイデンティフィケーションのシフトが起こる中で、人生のシフトを始めることができます。内側からの影響を受けていた立場から、影響を与える立場へと飛躍を遂げます。私達の内側にいた加害者がついにいるべきところに戻り、これまでずっと求めて叫び続けてきた思いやりや愛情を得ることができます。外側の世界で何をしても、この切実に訴える声が聞かれることはありませんでした。

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